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ジェーン・ケンヨン「田舎の宿での暮方」矢口以文訳 [something blue]

田舎の宿での暮方  ジェーン・ケンヨン  


ここから赤い雲のひときれが
町役場の風向計に突き刺さっているのが見える
今 馬たちを走らせ跳びあがらせた
犬たちの姿はどこにもない。

あなたが今日笑ったのはただ一度だったー
チェホフの物語のなかで 猫が
キュウリを食べた という所でだつたーそして今
あなたはたばこをくゆらせながら
長い廊下をゆっくり下りてゆく。

コックが夕食のために肉を焼いている、
その煙が部屋という部屋に立ち込めている。
赤ら顔のスキーヤーたちが足をふみならして
あなたを追い越して行く。彼らの食欲はすさまじい。

あなたは事故のことを思い出しているのだー
彼の髪から銀色のガラスをつまみとったことを。
たった今 干し草を満載したトラックが
ガソリンのために村の店に止まった。
その干し草を見てほしいー
美しくて 健全で しっかり束ねられた干し草を。


Jane Kenyon(1947-1995)
Evening at a Country Inn

From here I see a single red cloud
impaled on the Town Hall Weathervane.
Now the horses are nowhere in the stalls,
and made them run and buck
in the brittle morning light.

You laughed only once all day―
when the cat ate cucumbers
in Chekhov's story…and now you smoke
and pace the long hallway dowstairs.

The cook is roasting meat for the evening meal
and the smell rices to all the rooms.
Red-faced skiers stap past you
on their way in; their hunger is Homeric.

I know you are thinking of the accident―
of picking the silvered glass from his hair.
Just now a truck loaded with hay
stopped at the village store to get gas.
I wish you would look at the hay―
the beautiful sane and solid bales of hay.



あんまり一生懸命いきたので48歳でいってしまったので悲しい。
アメリカの女の詩人はどうしてこんなに緊張して早く死んでしまうのかわからない。
でも、英語でも読むと翻訳ではわからないものが伝わってくるようだ。
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レバトフの英語はほんとにわかりやすい [something blue]

Settling Denise Levertov(1923-97)


I was welcomed here ― clear gold
of late summer, of openning autumn,
the dawn eagle sunning himself on the highest tree.
the mountain revealing herself unclouded,her snow
tinted apricot as she looked west.
tolerant,in her steadfastness, of the restless sun
forever rising and setting.
Now I am given
a taste of the grey foretold by all and sundry,
I'm london-born. And I won't. I'll dig in,
into my days, having come here to live, not to visit.
Grey is the price
of neighboring with eagles,of knowing
a mountain's vast presense,seen or unseen.

定住して  寺島博之訳

ここでわたしは歓迎された―夏の終わりの、
秋の開幕の、澄み切った黄金色に、
夜明けの鷲はいちばん高い木の上で日にあたっている。
山は雲のない自分自身をあきらかにしている、その雪は
西に面しているの杏色に染まっており、
その確固たることで、永久に上りまた沈む
変化を求める太陽に対して寛大だ。
             いまわたしは
みんなが予告していた灰色の味覚をあたえられた、
重々しくひんやりともする灰色。気にしないわ、
ロンドンうまれだから、と自慢した。これからは自慢しないだろう。
わたしの人生を掘り起こすだろう、訪問をためでなく、
 生活するためここにきたのだから。
灰色は、鷹の近くに住むことの、
見えても見えなくても、山の巨大な存在に気付いていることの
代償だ。
         翻訳詩とエッセイ「Aurora」15号より





この『Aurora』という詩誌はすばらしいです。このような詩は私の理想です。

                                                                   
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レバトフ「八月の夜明け」寺島博之訳 生れ変わりについて [something blue]

八月の夜明け デニス・レバトフ

 
ゆっくりとカラスが手すりを巡回する。
ヒョウ・ナメクジは葉っぱのジュースで満足し、昼の間は消える。
褐色の、ゆったり回転するキングサリの家は
六月の黄金色の雨を反復する。
          屋内では臆病なヤスデが
地下室の床を横切って危険を冒してタンゴを踊る。
わたしはすべての部屋で本が静かに
呼吸するのを聞く。そして何年も前に見た夢を思い出す。
わたしの父はーあの視線そのもの、カバラの知識、
子供っぽい自尊心、英雄的な博識、善良さ、弱さ、
挫折と信仰ー死の門を付けたトンネルをくぐり抜ける旅の後
          一輪のバラに
          古風な暗いピンクの庭のバラになった。

風は全くない。乳色の空。青い陰の
形跡が
    氷のように溶けている。
昼は暑くなるだろう。
影でなくー夜の気配。わたしは眼下で
それを感ずる。開いた窓に向かって
深呼吸の後で、ブラインドを下ろす。
つまりこういうことだったとわたしは考える、彼はその両手から
             知識を落下させた、 
もはや必要がなくなったのだ、いまでは本来の自分になって
そこにずっとあった
それは最初から、多くの花弁のある、香りのよい、
陽光の中の「祝福された判断力のないバラ」だった。
             わたしは眠りに戻る
あたかも森林のつかみどころのない香気に、
柔らかな暗がりにの中の松葉のなだらかな傾斜に、
取り戻された夜の結末に戻るように。



 だれだったか、朝起きて、散歩に出かけると、きれいな蛙がいて、ぴょんぴょんはねている、あれは私の生れ変わりみたいだという詩を書いていて、どうも私は生れ変わりというものがわからないと、友達にはなしたことがある。
すると、友達が私は生れ変わりのことは、おばあちゃんからよくきいた、といった。彼女はとても小さい頃、お母さんがなくなったので、おばあちゃんがときどき蛍や蝶々をみると、あれはおかあさんだよ、
といってくれたのだ。小さい子でもよくわかるように、そういう話があるのだろうといった。でも、自分の生れ変わりをみるなんて、いただけないとも、いった。すこし気味が悪いから、ともいった。
 このレバトフの詩はよくわかった。
 昔、吉原さんと対談をしていて、フェミニズムについて、どうしても、レバトフが賛同しないので困っていた吉原さんとレバトフのことをどちらもわかるというか、困ったものだと思ったことを思い出した。
 いまでは、この詩とともに懐かしく思い出す。
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できるかできないかやってみよう [めちやくちやに]

http://keymac2.jugem.jp/


ここには、1500以上の世界の国々の風景が詰まっています。私はまだ30ぐらいしかみてません。
オランダの大きなアパートから海をながめ面白いなあと思いました。オランダは今にも海に沈みそうでありながら、世界一斬新なデザインの国であり、高級野菜を栽培して世界中に売っているなかなかたくましい国だとおもいます。
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鈴木ユリイカ「生きている貝」



最新ツイート:この動画はお薦めです -- 鈴木ユリイカ「生きている貝」"Lady Sings The Blues" 紗桜さよ





生きている貝

外では雪が幽かに降りはじめたようだ
「働きすぎじゃない?
 あたしたちってねどうなるのかしら?」
24時間も眠らずに仕事をし
真夜中に帰ってきたあなたが
ものも言わずビーフシチューを食べ
果物の皮わむくのを見ていた私は
何かの不安にかられ あなたに聞いたのだ
音なしテレビの瞬きの中にいたあなたは
いよいよ寝床に入る段になって
ふすま一枚へだてた隣の部屋から
ゆつくりと 答えた

「あの貝のこと憶えているだろ?
 ぼくらはあの貝のようになるのさ。」
ある夏 きたの海岸で買ったその貝は
全く驚嘆すべき形をしていた
ヴァイオリンの先端のように渦巻いていて
手のひらのように星形に開いていたり
内側はバラのつぼみのように輝いていた
「どんなふうにあの形ができあがつたんだろうね。海の運動や光や砂の温度か
 らなのか、実際には食物を獲得するために、貝が少しずつ行動したかも知れ
 ない。ぼくらの貝は目には見えないから、どういう形をしているかわからない
 けれど、ずっと生きていれば、ある形ができあがると思うよ……。」
 
私はそのときひどく感動して
冷気の中で目をぱっちり開けた
生まれてはじめて 時間というものを
鮮やかに見たような気がしたからだ
すると 燃えたつ青空の中の透けるような
私たちという貝が見えてきた
「もちろん、死というものがあるから、完璧にはいかないけれどね。死という
 一点はぼくらにはわからないから、ぼくらの形をあの貝のように完璧に見る
 ことはできないけれどね。」
「死ぬときあたしたちがどういう形をしているかわかるかしら?」
「わかると思うよ。ごく自然な形でね。」
それから あなたは眠りについたのだ

人間という貝を私はヨーロッパで
たくさん見てきたばかりだった
ミロのヴィーナスもサモトラケのニケも
ラオコーンもすばらしい形をしていたが
私がいちばん魅かれたのは
ミケランジェロのピエタだった
あれはいきますひきとったばかりの聖らかな
息子イエスを抱くマリアの像なのだが
まるで死んだ恋人を抱く若い女のように
私には思われたのだ あのように
純粋な抱擁を 私は見たことがなかつた
それは白い冷たい椿のように
私の方に流れてきた

けれども 私の心の中に在る
私たちという貝は生きていて
これからどうなるかわからず
無限に熱を持ったもののように思われた

そとでは雪が降りしきっていた
私は目には見えない貝に心の中で
そっと触れてみた すると
もはや時の刻みが痛いほどついていた
たとえ流砂のようにこぼれ落ちる
日々の空しさに私が生きていようと
私は憶えておこう
息子が生まれた日の青いぬれたような空を
そして病院から連れてきたばかりの
ガーゼに包まれた首のくにゃくにゃする
バラ色の息子をまるで祝復でもするように
四回の窓までのぞきにきた
一本のにれけやきのことを
あの木は空中であやとりするみたいに
何日も何日も息子をあやしていた
それから 何かの行き違いで
張り裂けんばかりになっていた私を
不意に 台所の隅でしっかりと抱いた
あなたのことを
あの生の全き充足のことを
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