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「ひとひらの」伊予部恭子  ことばの綱渡り [something blue]

ひとひらの  伊予部恭子

駅を出ると
道は ゆるい登り坂だ
古本屋 神社 アパート 路地
日射しは音もなく降り
石畳や古いベンチの傷
ひとの内側の 影や小さな窪みを埋めていく

読むのは どれも「わたくし」という本だ
一行から次の行までの間に
短い夢がまぎれ込む

穏やかに登り切ったところから海が見える
惑星の輪郭を 寒そうに歩く人がいる
ここから剥がしてくれるのは
ひとつの言葉かもしれない

ひとひらの 明るい声が
空に翻る





 


 ことばにはいろいろな働きや存在の仕方があると思います。この中で、ことばの表と裏、内側と外側のようなものを感じる時があります。内側と外側というのは、<古本屋 神社 アパート 路地>といったように<わたし>の他に存在している物たちです。この二つは葉っぱの表と裏のようで、どちらかが一方だけというわけにはいかない感じです。さらに、あるときにはこの表と裏がくるりと回転して、あるときにはどちらがどちらだか、わからなくなってしまうこともあります。この詩を読んでいて、まさにこうしたことばの有り様をとても強く感じました。たとえば、<古本屋 神社 アパート 路地>と呼んでいくと、それらの外側に
あったものが、<わたし>の内側にあり、<影や小さな窪みを埋めていく>。そのことばの側に身を置いてみると、短い夢が見えてくるのでしょう。
 落ち葉のようにひらひらと舞うことば、それは私の感覚のいちばん奥深いところで乱反射しているようです。それはなにかしら、怖いような感じさえします。とくに最後の<空に翻る>はそう感じます。

ローマのカレンダー [めちやくちやに]

 ローマの壁画のカレンダーはほんとに不思議な絵がついていて、3年ばかり飽きずに同じものをながめている。それはポンペイの壁画のような絵でもあるが、とても素朴な絵でそれ程たいした絵のようにも思えないがなぜ人を飽きさせないかがわからない。まず庭の絵があってそこはこのうえもなくのどかでだいたい木にとりがきて、レモンかオレンジの啄んでいる。ローマのひとも鳥が好きだったのかと思う。それから
家族や身近にいる動物がかかれている。台所には魚が飛び跳ねる絵があったりする。家族の絵は物思いにふけっていて、感懐深い。たとえば、たぶん病気かなにかで娘がしにそうになっていると死に神のような男に母親が怒ってたちはだかっていたり、息子はなかなか世の中とうまくいかないので、悩んでいたりするようだ。なんだか、こちらがかってに物語を作ってしまうような絵なのだ。それから、家のおおきな守り神がいたり、なにかおんなが土地の神にとりつかれたような儀式の場面もある。おそらく、ローマは最初の都市だったのかもしれない。だから、現代の人々もなにかテロや戦争の破壊がないように、平和を祈願して都市生活を無事にすごすことができるように世界中の人々がそういうカレンダーを眺めるのかも知れないと思う。わたしがどうしてかローマに惹かれてのかといえば、恐らく高校時代に読んだ世界史は
メソポタミアやエジプトなどからよんでいき、ローマあたりでおわってしまったからであろう。ローマのバチカンの庭ほど天国のように思えたことはない。

「茅葺の家」山本楡美子   終わりのない旅 [something blue]

茅葺の家    山本楡美子

ある作家が書いていたことだが
電車の窓から子供の頃に住んでいた家を見つけると
(あった、あった、今日もあった
と安堵でいっぱいになるそうだ。
線路沿いの小さな家は
陽の当たり方によって
ある日は幸せだったり
ある日は淋しかったり

わたしにも
まだあるかどうか確認する家がある
青梅の
古びた茅葺の家。
その家の前に立つと
若くて逞しい父と色の白い母が
太った赤ん坊といっしょに
ちょうど山の上の畑から帰ってくるところに出会う。
信仰などというものがあった古い時代にもどって
桶の水と囲炉裏の火は大事に守られている。
わたしは遠くから帰ってきた者のように
酒とさかなでいっときもてなされ
頭をさげて辞するのだ。

だが去るときは、もうどんな人影もなく
古い家の佇まいだけ。
数年前、ここで見たことのない父母に出会った時は
初めて、とうの昔に父と母を失ったことを理解し
泣きながら帰途についた。




 

 

 この作品はとても分かりやすい詩です。それは書かれていることばが普段私たちが話したり、書いたりしている、そのままのことばだからです。それともう一つ、この詩は起承転結の形をとっていて、つまり物語と同じ形を持っているからです。たとえば、<ある作家が書いていたことだが>にはじまり、各節は
物語の時間に沿って展開していきます。ですから、殆ど何の違和感もなしに最後まで読めるのだと思います。
 ただ、私がびっくりしたのは、最後の三行です。<数年前、ここで見たことのない父母に出会った時は はじめて、とうの昔に父と母を失ったことを理解し 泣きながら帰途についた>
 劇が終わって幕が降り、物語が終わった瞬間に、その幕が落ちて、全く新しい世界が始まったような気がしたからです。それまで、私はふるさとというのが懐かしく、どことなく寂しく、それと同時に、こころを和ませてくれるものと感じながら、この詩を読み、それに共感してきたわけですが、このお終いの三行を読んだときに、もしかしたら、この詩人にとって本当のふるさととはその先にさらに詩人の旅を続けよ
といっているのかもしれないと思ったからです。たぶん、私たちは一生懸命生きようとすると、ふるさとよりももっと遠くへ、もっと遙かな所へ終わりのない旅を続けることになるかも知れません。この詩はことばのリズムにも無理がない、分かりやすい詩ですが、とても不思議な詩です。

李禹煥とMARK ROTHKO [めちやくちやに]

水野るり子さんがLEEUFANのことを書いていて、懐かしく思った。リーウフアンは韓国の画家で色がついた墨絵のようで、何とも云えない静けさと透明感がある。いかにも東洋の画家という感じがする。この絵のような詩を書いたひとがいて、その詩人は半分画家でもあったので、坂を登ったり降りたりするという
詩で、悩んだり迷ったり待っていたりするのだが最後に坂を登り切って、やっぱりお詫びをするのがいちばん
いいとかいう詩だった。蟹澤奈穂さんの詩だった。なぜ、その詩を読んだとき、LEEのことを思い出したのか知らない。たぶん、あのひとの絵には色の諧調があってそれが逡巡のようにもゆるやかな
思いのながれのようにも感じられたからだと思う。とても繊細ないい詩だった。
 水野さんがリーの絵には宇宙の芯があると言ったのも面白かった。
 わたしはいま頃になると、カレンダーを探しいくのだが、前に好きだったカンデンスキーもセザンヌもフェルメールもダンテ・ガブリエル・ロセッティもピカソもカスパール・ダビット・フリードリッヒもあまり感じられなくなっているのに驚いた。いまはロンドンの新しいテイト・ギァラリーでもパリのポンピドーでもお茶の水のコーヒー屋でもROTHKOがおおもてだった。LEEUFANもROTHKOもたいへんな抽象画でこの地上では
存在しないような模様なのか。いや、単に模様ではない。わたしたちがいつか宇宙旅行にいったときに見るもののような気がする。なぜだろう。Rothkoの絵は光と闇が混じりあっていて、宇宙にいった人間が地球の思い出にみる、暑かったり寒かったり雪がふったりする風景を自分の体の熱のように思い出すのだと思う。たとえば、映画「マジソン橋」
の信号がちかちかと点滅する別れのシーンのようなものがわたしたちのからだのなかに残っているのではないだろうか。ああいうものをことばにするのは、とてもむずかしいけれど。けれど、ROthkoの絵にはリァリティがある。わたしたちのよく知っている体の記憶が。もしかしたら、それは映画とか、音楽とかノイズかも知れないからだのなかの記憶なのだろうか。それとも遠い幼い頃に感じた匂いや味や体を通して感じとった映像なのだろうか。川のながれやしょうじのにおい、たくさんの声、犬や馬の体のにおい。いろいろな記憶、手でさわったもの、火のにおい。意外に匂いって重要だね。絵には匂いがないとおもうけど。
あるのかしら。

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